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横浜地方裁判所 昭和48年(ワ)937号 判決 1977年1月25日

原告

太田隆由

右訴訟代理人

豊島昭夫

小泉萬里夫

被告

春原平蔵

被告

神奈川県

右代表者知事

長洲一二

右訴訟代理人

山下卯吉

右指定代理人

矢部満雄

保田藤男

主文

一  被告らは原告に対し各自金一七五三万七五一三円及びこれに対する昭和四六年七月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

ただし被告神奈川県は、金六〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一事故の発生

請求原因(一)項1ないし5、6(1)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二被告春原の責任

請求原因(二)項1の事実のうち、加害車が被告春原の所有であることは、原告と被告春原との間において争いがなく、その余の事実については被告春原において明らかに争わないからこれを自白したものと看做す。よつて、被告春原は、自賠法三条により本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三被告神奈川県の責任

(一)  加害車の追尾と本件事故発生の経緯

請求原因(二)項2(1)の事実及び被告神奈川県大岡警察署所属警察官佐々木が、加害車を、逃走の開始の当初から本件事故発生に至るまでパトロールカーのサイレンを鳴らして追尾した事実は、原告と被告神奈川県との間において争いがない。

右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場先道路である旧鎌倉街道は、千賀が進入した上大岡町三二〇番地先交差点から本件事故現場である同町二三四番地先に至るまでの区間では、南北にのびる幅員5.5ないし8.5メートルのアスフアルト舗装道路で、制限速度時速四〇キロメートルの規制がなされている南から北方向への一方通行路であり、周辺は商店街である(この事実は原告と被告神奈川県との間において争いがない。)。右道路は、同町三二〇番地先交差点付近から北方へ約一四九メートルの地点で幅員約4.2メートルの東西にのびる道路と交差する信号機の設置されていないさかえ会通り交差点に至るが、この間はほぼ直線であり、同交差点でわずかに右に折れ、また直線をなして同交差点から約六二メートルの地点にある本件事故現場先を通つて北へのびている。その幅員は、同町三二〇番地先の交差点付近では8.5メートルあるが一定せず、同所から北方に向い徐々に狭くなつて、一二六メートルに至つた地点では5.5メートルと急に狭くなり、ここから北方さかえ会通り交差点をはさむ約四三メートルの区間が最も狭く5.5ないし6.5メートルであり、右交差点の南側入口付近で六メートル、北側出口付近で5.6メートル、更に出口から約二〇メートル北方の地点で6.5メートルであるが、それからやや広くなり、本件事故現場付近では、7.1メートルである。右道路には、道路西端から約五〇センチメートルの位置に電柱が約三〇メートルの間隔で設置され、また、道路両側には端から約三〇センチメートルの位置に街路灯がより短い間隔で、設置されてあるので(電柱及び街路灯が設置されてある事実は原告と被告神奈川県との間において争いがない。)、その分、車両通行のための有効幅員は狭められている。右道路は、本件事故現場付近では、歩車道の区別がなく、平坦で、前方約一〇〇メートルまで見通しが可能であり、当日は曇りで路面は乾燥していた。

本件事故当時は、日没直後で、既に街路灯はついていたが、薄暗い状態であつた(日没直後で薄暗い状態であつたことは原告と被告神奈川県との間において争いがない。)。買物客等歩行者は、同町三二〇番地先から本件事故現場先までの区間で約一〇名程度あつたが、車両の通行はなかつた。道路西側に車両が数台駐車していた(駐車車両の存在は原告と被告神奈川県との間において争いがない。)。

2  千賀は、昭和二六年一一月二日生れで、本件事故の約一年程前に自動車教習所で普通自動車の運転技術を習得したが、普通自動車運転免許は受けていなかつた。千賀は、本件事故当日、女友達を同乗させ加害車を運転して上大岡町へ遊びに来ていた。

佐々木は、千賀が加害車を無免許運転しているのを現認するや、パトロールカーの赤色燈をつけサイレンを鳴らして、加害車の右側を併進して加害車に停止を指示し、その約5.8メートル前方の同町三七七番地先の県道鎌倉線上に停止した。加害車は、一旦停止の態勢を示したものの、突如、パトロールカーの右側を走り抜けて対向車線に出、時速約五〇キロメートルの速度で逃走した。

佐々木は、赤色燈をつけサイレンを鳴らした状態で、直ちに加害車の追尾に移り、約三〇メートルの車間距離を保持しながら追尾を継続したが、加害車は前記のとおり県道鎌倉線を約一四〇メートル逃走して右折し、幅員約3.5メートルの道路を約八八メートル逃走した後、上大岡町三二〇番地先の、右道路と旧鎌倉街道とが丁字型に交差する信号機の設置されていない交差点の手前で一旦停止した。パトロールカーは、このため加害車の約四メートル後方に接近停止した。

千賀は、その直後、加害車を急発進し、右交差点を右折し、旧鎌倉街道を北方に向け時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で逃走したが、追尾されているという意識のため逃走することのみを考えて夢中で運転したため、右折直後、道路西側に駐車していた車両と軽い接触を起こし、この後も、通行人及び駐車車両を避けるため右速度を維持したまま蛇行して本件事故現場付近に至つた。

ところが、右前方に通行人がいたので、千賀は、これを避けるため、左転把し、道路左方に寄つたが、たまたま左前方に普通貨物自動車が駐車していたため、その右後部に加害車左前部を接触させ、急きよ右転把したが、そのまま逃走しようと考え何ら制動をかけなかつたため、右前方に約11.6メートル暴走して、道路東端にある街路燈の支柱に接触し、転覆した後、同町二三四番地新井田コノ方店舗に飛び込み、店頭にいた原告に衝突し、本件事故が発生したものである。

佐々木は、加害車が旧鎌倉街道に入るや、直ちにパトロールカーを発進させ、加害車との間に約三〇メートルの車間距離を保持したまま、加害車とほぼ同一速度でその動静を注視しながら追尾し、加害車が原告と衝突した時には、右パトロールカーは右衝突地点から約三二メートルの地点にいた。

3  佐々木は、千賀が窃盗等で逮捕された前歴をもち、上大岡町付近の非行少年であることを知つており、更に、本件事故の少し前に、交通違反の取締中同人が同僚警察官の取調べを受けた際、千賀の氏名及び同人が普通自動車運転免許を受けていないことをも知つていた。

4  被告神奈川県は、その警察官による車両事故を防止するため、車両の通行方法について指導しているが、パトロールカーで追尾する際の運行方法については、天候、道路、交通量に注意して慎重に運行し、焦慮、急行を避けるよう指導していたものである。

以上のとおり認められ、<証拠判断略>他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  佐々木の過失について

1  以上の事実によれば、旧鎌倉街道に入つてからの千賀の運転は、逮捕を免れるためにはその速度、方法等をも顧りみない無暴なものであつて、前記道路状況等に照らし、第三者の生命身体に対し重篤な危害を加える可能性の極めて高いものといわざるをえない。そして、千賀は、一応の運転技能を有するといえるものの、無免許者にすぎず、前記逃走状況にもみられるように思慮、分別を欠く、衝動的性格の非行少年であるので、パトロールカーが追尾を継続する限り右のような危険な方法で逃走を継続し、その間、同人の受ける心理的影響とあいまつて、事故発生の危険を増大させるであろう事実は容易に予測されるものといえる。そして、佐々木は、前述のとおり加害車の動静を注視しながら追尾しているのであるから、右のような危険を予測させる前提となる千賀の運転速度、方法及び道路状況等の事実を十分認識していたのであり、そうすると、佐々木としても、当然、追尾の継続による事故の発生を予見しなければならなかつたものといえる。また、本件においては、特に、前記のとおり、佐々木は千賀の氏名を知り、当時は未だ薄暗い程度であつたので加害車の車両番号を確認することも可能であつたと考えられるから(パトロールカーは加害車と併進したこともあり、一旦は停止中の加害車の約四メートル後方まで接近している。)、強いて現行犯逮捕を行なわずとも事後の捜査に待つ判断も可能であつた。そうすると、佐々木としては、追尾の継続が第三者への危害の発生を予測させるのであるから、加害車の追尾を中止するか、又は追尾の継続による千賀への心理的影響を考慮して道路状況に応じた安全速度に減速する等して第三者への損害の発生を防止すべき注意義務があるのに、取締りを急ぐ余り右注意義務を欠き、加害車を同一速度で追尾し続け、その追尾の継続によつて、加害車をして本件事故を発生させた点につき過失があるものといわねばならない。

2  もつとも、佐々木がパトロールカーで加害車を追尾したことは、千賀との関係においては、警察官としての適法な職務行為と認めることができる。しかしながら、そのような場合にも、第三者の法益を侵害することを極力避けねばならないことは当然であり、他に手段方法がなく、第三者の法益の侵害が不可避であつて、かつ、当該追尾によつて達成しようとする社会的利益が、侵害される第三者の法益を凌駕する場合にのみ、第三者の法益侵害につき違法性を阻却されることがあるにすぎないと解すべきものである。これを本件についてみると、佐々木の追尾によつて達成しようとする社会的利益が軽視しえないものであることはいうまでもないが、そのために佐々木のとつた方法は、第三者の生命、身体に対し重篤な危害を加える可能性が極めて高い態様のものであり、しかもその方法でなく他の取締りの方法が十分考えられるのであるから、原告に負わせた前記傷害の部位、程度の重大性に鑑みれば、佐々木の追尾の継続が原告との関係において違法性を阻却されるものとは到底いえない。

3  更に前記事故発生の経緯及び千賀の運転技能に照らせば、佐々木による追尾の継続がなければ千賀が本件事故を惹起させることもなかつたといいうるし 佐々木が本件事故を予測すべきであつたことも前述のところから明らかであるから、佐々木の右過失と本件事故発生とは因果関係があるということになる。

(三)  被告神奈川県の責任についての結論

被告神奈川県が地方公共団体である事実は原告と被告神奈川県との間において争いがない。従つて、以上の事実によるときは、地方公共団体である被告神奈川県の公権力の行使にあたる公務員である佐々木がその職務を行うについて過失によつて違法に原告に損害を加えたことになるから、結局被告神奈川県は国家賠償法一条一項により本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

四損害<省略>

五被告春原の主張について<省略>

六結論

以上のとおり原告は被告らに対し連帯して合計金二六七〇万九五五二円の損害賠償及びこれに対する本件事故の日の後である昭和四六年七月二七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求しうるが、原告の被告らに対する本訴請求は 右金員を下回ることが明らかであり、かつ、右請求は同一事故によつて生じた財産的損害及び精神的損害の賠償請求として、各損害費目間の流用を認めるのが相当と解されるから、結局、原告の被告らに対する本訴請求はすべて正当であつてこれを認容すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を同免脱の宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(高瀬秀雄 江田五月 清水篤)

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